2025/10/03

庭の隅で電動スコップのモーターが唸る。スイッチを入れると、刃が土を削り始めた。思ったより軽い。片手でも扱える。これがあれば、庭木の植え替えも大した労働じゃない。
電動スコップなんてものがあることを、俺は三ヶ月前まで知らなかった。ホームセンターで偶然見かけて、半信半疑で買った。スコップが電動? と笑う人もいるだろう。でも使ってみれば分かる。硬い土も、張った根っこも、人力の何倍も速く掘れる。腰を痛めることもない。
鉄製のスコップを土に押し当てる。タンタンタンタンと小気味よい音を立てて、黒い土が掘り返されていく。
そのとき、妙な感覚に襲われた。
掘っているのは、本当に土なのか?
電動スコップが削っているのは、確かに目の前の地面だ。でも同時に、何か別のものも掘り進めている気がした。今という時間と、まだ来ていない未来の間。その薄い膜を、このマシンは破っているんじゃないか。
ばかばかしい。疲れてるんだ、と思った。
けれど刃が深く入るたびに、視界が変わっていく。庭の景色が、少しずつ違って見える。植えたばかりの苗木が大きくなっている。芝生が青々としている。ウッドデッキに誰かが座っている。
あれは――。
「ここ、もうちょっと掘った方がいいかな」
声がした。俺の声じゃない。でも聞き覚えがある。
振り向くと、彼女がいた。大切な人が、笑いながらこっちを見ている。手には同じ電動スコップを持っている。
「あ、やっぱりマキタのやつ買ったんだ」と彼女が言う。「正解だよね。他のメーカーのも見たけど、パワーと持ちやすさが全然違う」
「マキタ?」
「そう。うちが使ってるのと同じ。あなたが三年前に買ったやつ」
三年前? 俺が買ったのは三ヶ月前だ。でも彼女の手元を見ると、確かに俺が持っているのと同じマキタの電動スコップがある。少し使い込まれて、泥が付いている。
「この根っこ、頑固だね」彼女がスイッチを入れる。「でも電動だから楽だよ。普通のスコップだったら絶対無理だった」
モーターの音が重なる。彼女のと、俺のと。二つの電動スコップが同じリズムで土を削っている。
「これ、明るい未来?」と俺は聞いた。
「明るいかどうかは分かんないけど」彼女が笑う。「でも、私たちの未来だよ。一緒に庭作りしてる未来」
彼女の電動スコップが、太い根を掘り起こす。俺も同じ場所を掘る。土が柔らかくなって、根が浮き上がってくる。
「結局さ」と彼女が言った。「電動スコップなんて誰も注目しないじゃん。みんな電動ドリルとか電動のこぎりは知ってるけど、スコップが電動になってることは知らない。でも一度使ったら手放せないよね」
その通りだ、と思った。
「で、これって土を掘ってるの? それとも時間を掘ってるの?」
彼女が不思議そうな顔をする。
「両方じゃない? 土を掘りながら、未来を作ってるんだよ。庭を作るって、そういうことでしょ」
なるほど、と思った。電動スコップが掘っているのは、土であり、同時に今と未来の間にある何かだ。この道具を使って庭を整えることで、俺たちは少しずつ未来に近づいている。
「あ、バッテリー切れそう」彼女が言う。「充電器、物置にあるよね」
「ある」
「マキタは互換性があるから便利だよね。他の工具とバッテリー使い回せるし」
彼女が立ち上がる。その姿が、少しずつ薄くなっていく。
「待って」と俺は言った。
「大丈夫。すぐ戻ってくるから」
彼女が物置の方へ歩いていく。その背中が透けて、向こうの景色が見える。
気がつくと、俺は元の庭にいた。一人で電動スコップを握っている。掘りかけの穴がある。植えたばかりの小さな苗木がある。
でも、確かに見た。明るい未来を。彼女と一緒にガーデニングをしている未来を。
俺は電動スコップのスイッチを入れ直した。モーターが唸る。刃が土を削る。
掘り進めよう。土を掘って、未来も掘って、少しずつあの景色に近づこう。
そのために、このマキタの電動スコップがある。軽くて、パワフルで、頼りになる相棒が。
穴が深くなっていく。土が積み上がっていく。そして俺と未来の距離が、少しずつ近くなっていく。